噛むことの大切さは「叢生(そうせい)」の所でも触れましたが、もっと詳しく触れていきたいと思います。「私達現代人は昔の人と比べて顎が小さくなった。そのため歯並びが悪い人が増えてきた。」これを事実だと思っている人は多いのではないでしょうか。
しかし、日本大学松戸市学部の葛西教授がされた研究では、なんと「縄文人と現代人の顎の大きさは同じ」という、今までの常識を覆す研究結果を発表しました。葛西教授によれば「縄文人と現代人の下顎骨(下の顎の骨)をCTスキャンした数字を比較した結果、歯列幅は縄文人が広かったが、骨体最大幅や骨体基底幅は縄文人、現代人ともほぼ同じでした」とのことです。
下の顎の骨自体の大きさに大きな変化がないのに、現代人は歯列幅が小さくなってしまいました。どういうことを意味するかは左の写真を見ていただくと一目瞭然だと思います。
縄文人の歯が垂直に生えているのに対して、現代人の歯は内側に倒れています。数字で表すと、縄文人より4.2mm歯列幅が狭くなっています。
この原因について葛西教授は「奥歯(臼歯)が本来の役割である、すり潰しながら噛む運動が極めて少なくなっているため」と分析しています。すり潰しながら噛む運動は、臼摩運動、グライディング咀嚼(注1)と呼ばれています。健康法の1つとして、「一口30回噛む」健康法が言われることが有りますが、確かに噛むことが大切ですが、噛み方にもこだわらないといけない事が明らかになりました。
(注1)咀嚼(そしゃく):摂取した食物を歯で咬み、粉砕することです。 これにより消化を助け、栄養をとることが出来ます。 噛むなどとも表現されます。
左の図はチョッピング咀嚼とグライディング咀嚼の模式図です。チョッピング咀嚼(左図の左)は、上下運動だけの噛み方であり、現代人にはこの噛み方が多いようです。
グライディング咀嚼(左図の右)は、垂直運動に左右の運動が加わり、上下の臼歯部をすり合わせて物をすりつぶしなが咀嚼す噛み方です。
「前歯部叢生と舌の関係」の所で触れましたが、舌が口蓋に張り付くことで上の顎が左右に成長します。この時にグライディング咀嚼をしていれば、左右方向への上の顎の成長がさらに助長されます。
それではこの時期、下の顎はどういうことになるのでしょう。当然噛む時は上と下の歯で噛むわけです。上の顎は成長期なので成長します。下の顎は10歳ごろから成長し始めます。しかし、グライディング咀嚼でよく噛んでいれば、下の顎も左右に成長するのです。
上の顎は下の顎に比べ骨質が柔らかく、刺激を受けると成長しやすいです。成人の方でも上の顎の骨を左右に無理やり広げる事は十分可能です。しかも、舌の働きとグライディング咀嚼されると効果が上がります。その反面、下の顎の骨は硬く、前方への成長は放っておいてもするのですが、左右方向への成長はグライディング咀嚼ぐらいしか有効な方法がありません。
現代の食事ではグライディング咀嚼をしなくても、十分に食べられるほど食べ物が柔らかいのが裏目に出ているようです。ですが柔らかい食べ物でも、グライディング咀嚼をすることは十分に効果があり、噛み砕く効率がいいので食べ物の味も変わってきますし、消化吸収も良くなります。
グライディング咀嚼は顎の動かし方であり、特別な噛み方でもなく、噛み砕く効率がよく、その形に本来奥歯が形つくらてています。ですので自転車に乗れる人がしばらく自転車に乗らなくても乗れるのと同じように、一度身につけてしまえば、その後は自然にグライディング咀嚼しかしなくなります。